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ふりぬとていたくなわびそ春雨の
ただにやむべきものならなくに

歌の意味
年を経て古びてしまったからといって、ひどく嘆かないでおくれ。降る春雨がそのまま止んでしまうものではないように、あなたもこのまま終わるはずの身ではないのだから。
鑑賞
巻第二 春歌中 80

詞書「壬生忠岑が左近の番長にて、文おこせて侍りけるついでに、身を恨みて侍りける返事に」
 壬生忠岑が我が身の不遇を嘆いてきたのに対し、年を経たからといってひどく嘆くことはない、春雨が降ったまま止んでしまうものではないように、あなたもこのまま終わる身ではないと励ました返歌である。春雨の「降る」に年を経る「古る」を重ね、友の前途を明るく思いやっている。
 詞書によれば、壬生忠岑が左近の番長であったころ、手紙をよこしたついでに我が身を恨んでいたので、その返事として詠んだものである。忠岑は貫之とともに古今和歌集の撰者を務めた歌人である。
 作者の紀貫之は紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守を務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。

 初句「ふりぬとて」の「ふり」は、年を経て「古り」る意と、雨が「降り」る意を掛けた掛詞である。巻末のこの歌は、巻頭の第四十七首が老いを嘆いたのに対し、年を経た身を励ます歌となっており、本巻は老いの嘆きに始まり、老いを慰める歌で閉じられている。本巻の第七十四首も同じ掛詞で春雨を詠んでいる。
 二句「いたくなわびそ」の「な〜そ」は禁止で、ひどく嘆かないでおくれ、の意である。ここで句切れとなる。
 三句「春雨の」は、初句の「ふり」を受けて春雨を示し、忠岑の身の上をたとえている。
 四句「ただにやむべき」の「ただに」は、そのまま、むなしく、の意で、春雨がそのまま止んでしまうはずの、の意を表す。
 結句「ものならなくに」の「なくに」は、〜ではないのだから、と理由を表す。このまま終わる身ではないという励ましが込められている。

ふる:年を経る意の「古る」と、雨が「降る」を掛ける
わぶ:嘆く、思い悩む
つがひのをさ:近衛府の下級の武官、番長
ふみ:手紙
作者
紀貫之
出典
後撰和歌集
前の歌
我が宿の花にな鳴きそ呼子鳥 呼ぶかひありて君も来なくに
次の歌
鴬の鳴くなる声は昔にて 我が身一つのあらずもあるかな