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逢坂の関の清水に影見えて
今や引くらんもち月の駒

歌の意味
逢坂の関の清水に姿を映して、今ごろは引かれていくのだろうか、望月の牧の馬は。
鑑賞
巻第三 秋歌 170

詞書「延喜御時月次御屏風に」
 逢坂の関の清水に姿を映しながら、今ごろ望月の牧の馬が引かれていくのだろうかと思いやる歌である。「もち月」に望月の牧と満月とを響かせ、清水に映る月影と馬の姿を重ねた、駒迎えを詠んだ名歌として知られる。詞書によれば、醍醐天皇の延喜の御代に、月ごとの行事を描いた屏風に添えた歌である。なお本文の詞書は「仰屏風」と記すが、「御屏風」の誤りと見て改めた。
 作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。

 初句「逢坂の」は、前歌の初句と同じ語で、駒迎えの場である逢坂の関を示す。
 二句「関の清水に」は、逢坂の関にあった湧き水をいう。前歌の「関の岩かど」に対し、本歌は「関の清水」を詠み、同じ関を音と影とで描き分けている。
 三句「影見えて」は、姿が映って、の意で、馬の姿と満月の光とを重ねている。
 四句「今や引くらん」は、今ごろ引いているだろうか、の意で、「や」は疑問の係助詞であり、「らん」は現在推量の助動詞の連体形で結ぶ係り結びとなる。
 結句「もち月の駒」は、「もち月」に信濃国の望月の牧の名と、満月の意を掛けた掛詞である。体言止めで一首を結ぶ。前歌が山から立ち出る馬の勇ましさを詠んだのに対し、本歌は水に映る静かな影を詠み、動と静の対比をなしている。

もちづき:信濃国の望月の牧の名と、満月の意を掛ける
しみづ:地中から湧き出る清らかな水。清水
作者
紀貫之
出典
拾遺和歌集
前の歌
逢坂の関の岩かど踏みならし 山立ち出づる桐原の駒
次の歌
水の面に照る月なみを数ふれば 今宵ぞ秋の最中なりける