水の面に照る月なみを数ふれば
今宵ぞ秋の最中なりける
- 歌の意味
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水面に照る月の光の波を見ながら、月の数を数えてみると、今夜こそが秋のちょうど真ん中であったのだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 171
詞書「屏風に、八月十五夜池ある家に人遊びしたる所」
池の水面に照り映える月の光の波を見て、月の数を数えてみると、今夜八月十五夜こそが秋の真ん中であったと気づく歌である。「月なみ」に月の数と月光の照る波とを掛け、仲秋の名月を機知的にとらえた名高い歌である。詞書によれば、屏風に、八月十五夜に池のある家で人々が遊んでいる場面が描かれていたのに添えた歌である。
作者の「源したかふ」は源順である。嵯峨源氏の出で、平安時代中期の学者、歌人である。梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進に関わり、和名類聚抄を編んだ。三十六歌仙に数えられる。
初句「水の面に」は、池の水面に、の意である。本歌から月を詠む歌が続き、その一連の始まりとなる。
二句「照る月なみを」は、「月なみ」に月の数の意と、月光が照らす波の意を掛けた掛詞である。
三句「数ふれば」は、数えてみると、の意で、「ば」は確定条件を表す。秋の七月、八月、九月のうち、八月十五日がちょうど半ばにあたることをいう。
四句「今宵ぞ秋の」は、今夜こそ秋の、の意で、「ぞ」は係助詞であり、結句の「ける」で結ぶ係り結びとなる。
結句「最中なりける」は、真ん中であったのだ、の意で、「ける」は気づきの詠嘆を表す。秋の三か月のちょうど半ばにあたる八月十五夜を、数の上から言い当てている。
つきなみ:月の数の意と、月光が照らす波の意を掛ける
もなか:真ん中。最中
- 作者
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源順
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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逢坂の関の清水に影見えて 今や引くらんもち月の駒
- 次の歌
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秋の月波の底にぞ出でにける 待つらん山のかひやなからん