- 歌の意味
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一本の松の千年の齢でさえ久しいのに、まして斎院の宮の行く末の久しさが思いやられることだ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑春歌 1025
詞書「斎院の子の日」
一本の松の千年でさえ久しいのに、まして斎院の宮の行く末の久しさが思いやられると詠む歌である。詞書から、賀茂の斎院で子の日の催しがあった折の歌とわかる。子の日の松の千年の齢を持ち出し、斎院の長寿と繁栄を、それにまさるものとしてことほいでいる。
作者の「したかふ」は源順である。嵯峨源氏の出で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読にあたり、辞書の和名類聚抄を編んだ。三十六歌仙に数えられる。
初句「一本の」は、一本の、の意である。
二句「松の千歳も」は、松の千年の齢も、の意で、前歌の第千二十四首の二句「千歳の春は」と「千歳」の語を共有している。
三句「久しきに」は、久しいのに、の意で、「に」は添加を表す接続助詞である。
四句「斎の宮ぞ」は、斎院の宮が、の意で、係助詞「ぞ」は結句の連体形「るる」で結ぶ係り結びである。
結句「思ひやらるる」は、思いやられることだ、の意で、「るる」は自発の助動詞「る」の連体形である。
いつきのみや:斎の宮。ここでは賀茂の斎院
ひともと:一本
- 作者
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源順
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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しめてこそ千歳の春は来つつ見め 松を手たゆく何か引くべき
- 次の歌
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老いの世にかかるみゆきは有りきやと 木高き峰の松に問はばや