名を聞けば昔ながらの山なれど
時雨るる秋は色まさりけり
- 歌の意味
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名を聞けば、昔のままであるという長等の山だけれど、時雨が降る秋には、紅葉の色がいっそう深まることだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 198
詞書「西宮左大臣家の屏風に、志賀の山越えに、壺装束したる女ども紅葉などある所に」
長等山はその名を聞けば昔のままという意味であるが、時雨の降る秋には紅葉の色がまさり、昔のままではなく美しさを増していると詠む歌である。「ながら」に長等山と「昔ながら」とを掛け、変わらぬ名と移ろう色との対比を描いている。詞書によれば、西宮左大臣すなわち源高明の家の屏風に、志賀の山越えの道を壺装束の女たちが行き、紅葉などが描かれた場面に添えた歌である。
作者の「したかふ」は源順である。嵯峨源氏の出で、平安時代中期の学者、歌人である。梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進に関わり、和名類聚抄を編んだ。三十六歌仙に数えられる。
初句「名を聞けば」は、名を聞くと、の意である。
二句「昔ながらの」は、「ながら」に昔のままの意の「ながら」と、近江国の長等山の名とを掛けた掛詞である。
三句「山なれど」は、山であるけれど、の意で、「ど」は逆接の接続助詞である。
四句「時雨るる秋は」は、時雨が降る秋は、の意である。本巻の第百三十八首で紅葉を促すものとされた時雨が、ここでも紅葉の色を深めるものとして詠まれている。
結句「色まさりけり」は、色がいっそう深まったことだ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。変わらぬことを表す名と、色を深める秋の山との対比で一首を結んでいる。
ながら:昔のままの意と、近江国の長等山の名を掛ける
つぼさうぞく:平安時代の女性が外出するときの装い。壺装束
しがのやまごえ:京から比叡山の南を越えて志賀の里へ出る道。志賀の山越え
- 作者
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源順
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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水の綾に紅葉の鏡重ねつつ 川瀬に波のたたぬ日ぞなき
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昨日より今日はまされる紅葉葉の 明日の色をば見でや止みなん