古典和歌stream

昨日より今日はまされる紅葉葉の
明日の色をば見でや止みなん

歌の意味
昨日より今日の方が色まさっている紅葉の、さらに深まる明日の色を、見ないままで終わってしまうのだろうか。
鑑賞
巻第三 秋歌 199

詞書「東山に紅葉見にまかりて、又の日のつとめて、まかり帰るとて詠み侍りける」
 紅葉は昨日より今日の方が色を増しているのに、帰らねばならない自分は、さらに深まるであろう明日の色を見ないまま終わってしまうのかと惜しむ歌である。日ごとに深まる紅葉の美しさと、それを見届けられない名残惜しさとを描いている。詞書によれば、東山に紅葉を見に出かけ、翌日の早朝に帰ろうとして詠んだ歌である。
 作者の「恵慶法師」は、平安時代中期の僧、歌人である。河原院に住んだ安法法師のもとに集まった歌人たちと交流した。中古三十六歌仙に数えられる。

 初句「昨日より」は、昨日よりも、の意で、二句の「今日」、四句の「明日」とともに、昨日、今日、明日と日を追う構成をなす。
 二句「今日はまされる」は、今日はまさっている、の意で、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
 三句「紅葉葉の」は、紅葉した葉の、の意である。本巻の第百九十四首、第百九十五首に続き、「紅葉葉」の語が用いられる。
 四句「明日の色をば」は、明日のさらに深まるであろう色を、の意である。
 結句「見でや止みなん」は、見ないままで終わってしまうのだろうか、の意である。本文は「見てや」と記すが、詞書の帰り際の心に従い「見で」と濁って読み、「で」を打消の接続助詞とする。「や」は疑問の係助詞で、強意と推量の助動詞「なん」の連体形で結ぶ。本巻の第百九十五首が日が暮れても紅葉を見続けようと詠んだのに対し、本歌は見届けられずに去る惜しさを詠み、とどまる心と去る心とで対をなしている。

つとめて:翌朝。早朝
もみぢば:紅葉した葉。紅葉葉
作者
恵慶
出典
拾遺和歌集
前の歌
名を聞けば昔ながらの山なれど 時雨るる秋は色まさりけり
次の歌
紅葉葉を手ごとに折りて帰りなん 風の心もうしろめたきに