よそにても花見るごとに音をぞ泣く
我が身にうとき春のつらさに
- 歌の意味
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よそながらでも花を見るたびに、声をあげて泣いてしまう。我が身には縁遠い春のつらさのために。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 87
詞書「題しらず」
華やかな春が自分には縁遠いつらさから、よそながら花を見るたびに声を上げて泣いてしまうと詠んだ歌である。世の春の明るさと、それにあずかれない我が身の不遇とを対比させている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「よそにても」は、よそながらでも、自分とは関わりのない所からでも、の意である。
二句「花見るごとに」は、花を見るたびに、の意である。
三句「音をぞ泣く」の「音」は声で、声を上げて泣く意を表す。「ぞ」は係助詞で、連体形「泣く」と係り結びをなす。ここで句切れとなる。
四句「我が身にうとき」の「うとし」は縁が遠い意で、春が我が身には縁遠いことを表す。巻頭の第八十一首と同じく、我が身の境遇を嘆いている。
結句「春のつらさに」は、春のつらさのために、の意で、三句の理由を後から述べる倒置となっている。
ね:声、泣き声
よそ:自分とは関わりのない所
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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春の日の長き思ひは忘れじを 人の心にあきや立つらむ
- 次の歌
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風をだに待ちてぞ花の散りなまし 心づからにうつろふが憂さ