風をだに待ちてぞ花の散りなまし
心づからにうつろふが憂さ
- 歌の意味
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せめて風が吹くのを待ってから、花は散ればよいものを。自分の心から色あせていくのがつらいことだ。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 88
詞書「題しらず」
せめて風が吹くのを待ってから散ればよいのに、花が自ら色あせていくのがつらいと詠んだ歌である。風に散らされるのならまだ諦めもつくが、花がみずから移ろうことに、いっそうの嘆きを感じている。
作者の紀貫之は紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「風をだに」の「だに」は、せめて〜だけでも、の意で、せめて風だけでも待って、の意を表す。本巻の第九十一首は反対に、風に誘われて散る花を詠んでおり、対をなしている。
二句「待ちてぞ花の」の「ぞ」は係助詞で、三句の連体形「まし」と係り結びをなす。
三句「散りなまし」の「まし」は実際とは違うことを望む意で、散ればよいのに、の意である。ここで句切れとなる。
四句「心づからに」は、自分の心から、みずから進んで、の意で、花を人のように見立てている。
結句「うつろふが憂さ」の「憂さ」はつらさの意で、体言止めとなっている。花がみずから色あせていくことのつらさを言い切っている。
こころづから:自分の心から、みずから進んで
うつろふ:花の色があせる、盛りが過ぎる
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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よそにても花見るごとに音をぞ泣く 我が身にうとき春のつらさに
- 次の歌
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我が宿にすみれの花の多かれば 来宿る人やあると待つかな