梅の花まだ散らねども行く水の
底にうつれる影ぞ見えける
- 歌の意味
-
梅の花はまだ散っていないけれども、流れる水の底に映っている姿が見えることだ。
- 鑑賞
-
巻第一 春歌 25
詞書「延喜御時御屏風に、水のほとりに梅の花見たる所」
梅の花はまだ枝に咲いていて散ってはいないのに、流れる水の底にはその姿が映って見えると詠む。水底の花影を散った花のように見なしつつ、実は映った影であると気づく面白さがある。詞書によれば、延喜の御代の御屏風に、水のほとりで梅の花を見ている場面が描かれていたのに添えた歌である。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐日記の作者としても知られ、三十六歌仙の一人に数えられる。
初句「梅の花」は、詠む対象を示して歌い起こす。
二句「まだ散らねども」は、「ども」が逆接の接続助詞で、散っていないのに、という意を表す。
三句「行く水の」は、流れゆく川の水を示す。
四句「底にうつれる」は、花の影が水に「映る」意と、花が水底に「移る」意を掛ける。散ってもいない花が水の底へ移ったかのように見えるという見立てである。
結句「影ぞ見えける」は、「影」が姿の意で、「ぞ」の係り結びで連体形「ける」で結ぶ。
うつる:水面に影が映る意と、場所が移る意を掛ける
かげ:光によって見える姿。ここでは水に映る花の姿
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
千歳まで限れる松も今日よりは 君にひかれて万代や経む
- 次の歌
-
摘みたむることのかたきは鶯の 声する野辺の若菜なりけり