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かくながら散らで世をやは尽くしてぬ
花のときはもありと見るべく

歌の意味
このままの姿で散らずに、この世の限りを過ごし尽くしてくれないものか。花にも永久に変わらないものがあると見られるように。
鑑賞
巻第三 春歌下 95

詞書「春の暮れに、かれこれ花惜しみける所にて」
 花がこのまま散らずにいつまでも咲き続けてくれないものか、花にも常磐の木のように変わらないものがあると見られるように、と願った歌である。春の終わりに花を惜しむ心を、永遠への願いとして表している。
 詞書によれば、春の暮れに、人々が集まって花を惜しんでいた所で詠んだものである。
 作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。

 初句「かくながら」は、このままの姿で、の意で、今咲いている花の姿を示す。
 二句「散らで世をやは」の「で」は打消の接続助詞で、散らずに、の意である。「やは」は係助詞で、三句の連体形「ぬ」と結び、〜しないものか、と願う意を表す。
 三句「尽くしてぬ」の「世を尽くす」は、この世の限りを過ごし終える意である。ここで句切れとなる。
 四句「花のときはも」の「ときは」は永久に変わらないこと、また常緑の意である。本巻の第百十一首、第百二十四首は常緑の松を詠んでおり、変わらない緑と移ろう花の対比が巻の中に置かれている。
 結句「ありと見るべく」の「べく」は、〜できるように、の意で、三句に対する倒置となっている。

ときは:永久に変わらないこと、常緑
作者
よみ人しらず
出典
後撰和歌集
前の歌
春の日の影添ふ池の鏡には 柳の眉ぞまづは見えける
次の歌
かざせども老いも隠れぬこの春ぞ 花の面は伏せつべらなる