春来れば咲くてふことを濡れ衣に
着するばかりの花にぞありける
- 歌の意味
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春が来れば咲くということを、まるで身に覚えのない濡れ衣のように着せられているだけの花であったことだ。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 98
詞書「花のもとにて、かれこれ程もなく散ることなど申しけるついでに」
花は春が来れば咲くと言われるが、すぐに散ってしまうので、咲くというのは濡れ衣を着せられたような名ばかりのことだと詠んだ歌である。花のはかなさを、濡れ衣という言葉を用いて機知的に表している。
詞書によれば、花の下で、人々が花はほどもなく散ってしまうなどと話していた折に詠んだものである。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「春来れば」は、春が来ると、の意である。巻第二の第五十五首、第六十二首にも同じ句が用いられている。
二句「咲くてふことを」の「てふ」は「といふ」が縮まった形で、咲くということを、の意である。
三句「濡れ衣に」の「濡れ衣」は、無実の罪、根拠のない評判の意で、四句の「着する」と縁語をなす。
四句「着するばかりの」の「着す」は着せる意で、濡れ衣を着せられるだけの、の意である。
結句「花にぞありける」の「ぞ」は係助詞で、連体形「ける」と係り結びをなし、そういう花であったのだと気づいた詠嘆を表す。
ぬれぎぬ:無実の罪、根拠のない評判
きす:着せる
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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一年に重なる春のあらばこそ 二度花を見むと頼まめ
- 次の歌
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春霞たちながら見し花ゆゑに ふみとめてけるあとの悔しさ