我をこそ訪ふに憂からめ春霞
花につけてもたちよらぬかな
- 歌の意味
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私を訪ねるのは気が進まないのだろうが、春霞が立つように、花見にかこつけてさえ立ち寄ってくれないことよ。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 113
詞書「あひ知れりける人の久しう訪はざりければ、花盛りにつかはしける」
私を訪ねるのはおっくうなのだろうが、花盛りの今、花にかこつけてさえ立ち寄ってくれないと恨んだ歌である。花見の口実すら使わない相手の疎遠さを、春霞の「立つ」に掛けて責めている。
詞書によれば、親しくしていた人が長く訪ねて来なかったので、花盛りのころに贈ったものである。次歌は源清蔭の返歌で、二首は贈答をなしている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「我をこそ」の「こそ」は係助詞で、二句の已然形「め」と係り結びをなす。
二句「訪ふに憂からめ」の「憂し」は気が進まない意で、私を訪ねるのはおっくうなのだろうが、と逆接で下へ続けている。
三句「春霞」は、「たち」を導いている。本巻の第九十九首、第百十二首にも霞と「たつ」が取り合わされている。
四句「花につけても」は、花を口実にしてでも、の意である。
結句「たちよらぬかな」の「たち」は、霞が「立つ」意と、「立ち寄る」意を掛けた掛詞である。「かな」は詠嘆を表す。次歌の第百十四首は同じ「たちよらぬ」を初句に置いて返している。
たちよる:立ち寄る意に、霞が「立つ」意を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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春来れば花見にと思ふ心こそ 野辺の霞とともにたちけれ
- 次の歌
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たちよらぬ春の霞を頼まれよ 花のあたりと見ればなるらん