折りつればたぶさに汚る立てながら
三世の仏に花たてまつる
- 歌の意味
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折ってしまうと、手に触れて汚れてしまう。だから枝に咲いたままの姿で、三世の仏にこの花をお供え申し上げる。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 123
詞書「弥生ばかりの花の盛りに、道まかりけるに」
花を折れば手に触れて汚れてしまうので、咲いたままの姿で三世の仏に供えると詠んだ歌である。花を手折らずにそのまま仏に捧げるという発想に、仏道に生きる者の清らかな心が表れている。
詞書によれば、三月ごろの花盛りに、道を行く途中で詠んだものである。
作者の遍昭は俗名を良岑宗貞という。桓武天皇の孫で、良岑安世の子にあたる。仁明天皇に仕えたが、天皇の崩御を機に出家し、のちに僧正に至った。素性法師の父で、六歌仙、三十六歌仙の一人である。
初句「折りつれば」の「つれ」は完了の助動詞「つ」の已然形で、「ば」は確定条件を表し、折ってしまうと、の意である。
二句「たぶさに汚る」の「たぶさ」は手首、手の意で、人の手に触れて汚れることを表す。ここで句切れとなる。
三句「立てながら」は、枝に咲いたまま立てた姿で、の意である。
四句「三世の仏に」の「三世」は過去、現在、未来の意で、あらゆる世の仏に、の意を表す。
結句「花たてまつる」の「たてまつる」は差し上げる意である。三句の「立て」と音を響かせ、咲いたままの花を捧げる心を表している。
たぶさ:手首、手
みよ:過去、現在、未来の三世
たてまつる:差し上げる、献上する
- 作者
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遍昭
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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しのびかねなきてかはづの惜しむをも 知らずうつろふ山吹の花
- 次の歌
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水底の色さへ深き松が枝に 千年をかねて咲ける藤波