- 歌の意味
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秋の山に吹く嵐の音を聞く時は、散らされる木の葉ではないけれど、なんとなく物悲しいことだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 207
詞書「題しらず」
秋の山に吹き荒れる嵐の音を聞くと、嵐に散らされる木の葉の身ではないのに、なんとなく物悲しくなると詠む歌である。木の葉を散らす嵐に、自らの心までも揺さぶられるさまを表している。
作者の「僧正遍昭」は、俗名を良岑宗貞といい、桓武天皇の孫にあたる。仁明天皇の崩御を機に出家し、僧正に至った。六歌仙および三十六歌仙に数えられる。
初句「秋山の」は、秋の山の、の意である。
二句「嵐の声を」は、激しく吹く山風の音を、の意である。本巻の第二百五首の「あらし」に続き、嵐が詠まれる。
三句「聞く時は」は、聞く時には、の意である。
四句「木の葉ならねど」は、木の葉ではないけれど、の意で、嵐に散らされる木の葉と自分とを比べている。
結句「物ぞ悲しき」は、なんとなく物悲しい、の意で、「ぞ」の係り結びにより連体形の「悲しき」で結ぶ。第二百五首の結句「声ぞ悲しき」と同じく「ぞ悲しき」で結ばれ、嵐の中の悲しみを詠む歌が呼応している。
あらし:山から吹きおろす激しい風。嵐
- 作者
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遍昭
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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散りぬべき山の紅葉を秋霧の やすくも見せず立ち隠すらん
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秋の夜に雨と聞こえて降るものは 風にしたがふ紅葉なりけり