君にだに訪はれで経れば藤の花
たそかれ時も知らずぞありける
- 歌の意味
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あなたにさえ訪ねてもらえずに日々を過ごしているので、藤の花の咲くこのごろ、「誰そ彼」と人を見分ける夕暮れ時があることさえ知らずにいたことだ。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 139
詞書「返し」
前の歌で、来ないと恨まれたのに対し、こちらこそあなたにさえ訪ねてもらえずに過ごしているので、訪れる人を「誰そ彼」と問う夕暮れ時も知らずにいたと返した歌である。訪れのなさを相手に切り返しつつ、寂しく過ごす日々を伝えている。
第百三十七首と第百三十八首は藤原雅正が紀貫之に贈った歌で、第百三十九首と第百四十首はそれに対する貫之の返歌である。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「君にだに」の「だに」は、〜さえ、の意で、ほかの人はともかくあなたにさえ、の意である。
二句「訪はれで経れば」の「で」は打消の接続、「経」は時を過ごす意で、訪ねてもらえずに過ごしているので、の意である。前の第百三十七首の「君来ずて」を受け、訪れのないのはこちらも同じだと返している。
三句「藤の花」は、三月の末に咲く藤を示し、季節を表している。本巻の第百二十四首からの藤の歌が、春の終わりの景としてここにも置かれている。
四句「たそかれ時も」の「たそかれ」は、「誰そ彼」と人を問う意と、夕暮れの「黄昏」を掛けた掛詞である。訪れる人がいないので、人を見分けて問う夕暮れもない、の意を表す。
結句「知らずぞありける」の「ぞ」は係助詞で、連体形「ける」と係り結びをなす。
たそかれ:「誰そ彼」と人を問う意と、夕暮れの「黄昏」を掛ける
ふ:時を過ごす
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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ともにこそ花をも見めと待つ人の 来ぬものゆゑに惜しき春かな
- 次の歌
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八重むぐら心の内に深ければ 花見に行かむ出で立ちもせず