行く先になりもやすると頼みしを
春の限りは今日にぞありける
- 歌の意味
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春はまだこれから先のことにもなるだろうかとあてにしていたのに、春の終わりは今日であったのだ。
- 鑑賞
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巻第三 春歌下 143
詞書「弥生のつごもり」
春はまだ先へと続くかとあてにしていたのに、春の終わりは今日であったと気づいた歌である。過ぎゆく春への未練と、終わりを突きつけられた驚きを表している。
詞書によれば、三月の末日に詠んだものである。第百四十一首から巻末の第百四十六首までは、春の終わりの日を惜しむ歌が続く一連である。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「行く先に」は、これから先のことに、の意である。前歌の第百四十二首の「行く先を」を受けている。
二句「なりもやすると」の「や」は疑問で、なるだろうかと、の意である。
三句「頼みしを」の「頼む」はあてにする意で、「を」は逆接を表す。
四句「春の限りは」は、春の最後は、の意である。本巻の第百四十一首の「春の限りの」と同じ語を用いている。
結句「今日にぞありける」の「ぞ」は係助詞で、連体形「ける」と係り結びをなし、今日であったのだと気づいた詠嘆を表す。
つごもり:月の末日
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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行く先を惜しみし春の明日よりは 来にし方にもなりぬべきかな
- 次の歌
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花しあらば何かは春の惜しからん 暮るとも今日は嘆かざらまし