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郭公来ゐる垣根は近ながら
待ち遠にのみ声の聞こえぬ

歌の意味
ほととぎすが来てとまる垣根は近くにありながら、待ち遠しいばかりで、その声が聞こえてこないことだ。
鑑賞
巻第四 夏歌 149

詞書「卯月ばかり、友達の住み侍りける所近く侍りて、必ず消息つかはしてむと待ちけるに、音なく侍りければ」
 ほととぎすがとまる垣根はすぐ近くにあるのに、待ち遠しいばかりで声が聞こえてこないと詠んだ歌である。近くに住みながら便りをよこさない友を、なかなか鳴かないほととぎすになぞらえて恨んでいる。
 詞書によれば、四月ごろ、友達の住む所の近くにいて、きっと便りをくれるだろうと待っていたのに、音沙汰がなかったので詠んだものである。次歌は友の返歌で、二首は贈答をなしている。
 作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。

 初句「郭公」は、待たれる鳥であるほととぎすを、便りを待つ友になぞらえている。
 二句「来ゐる垣根は」は、ほととぎすが来てとまっている垣根は、の意で、友の住まいを示す。前歌の第百四十八首に続き、垣根にほととぎすを配している。
 三句「近ながら」は、近くありながら、の意で、距離の近さと便りのなさを対比させている。
 四句「待ち遠にのみ」は、待ち遠しいばかりで、の意である。次歌の第百五十首は「遠からで」と応じ、遠くはないと切り返している。
 結句「声の聞こえぬ」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形で、連体形で止めて詠嘆を込めている。「声」は便りのことでもあり、次歌は「聞かぬなるらん」と受けている。

せうそこ:手紙、便り
きゐる:来てとまる、来て座る
作者
よみ人しらず
出典
後撰和歌集
前の歌
卯の花の咲ける垣根の月清み 寝ねず聞けとや鳴くほととぎす
次の歌
ほととぎす声待つほどは遠からで 忍びに鳴くを聞かぬなるらん