短夜の更けゆくままに白妙の
峰の松風吹くかとぞ聞く
- 歌の意味
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短い夏の夜が更けていくにつれて、琴の音を、白妙の峰の松風が吹いているのかと聞くことだ。
- 鑑賞
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巻第四 夏歌 167
詞書「夏夜、深養父が琴ひくを聞きて」
短い夏の夜が更けるにつれて、清原深養父の弾く琴の音が、峰を吹く松風かと聞こえると詠んだ歌である。琴の音を松風の音にたとえ、夜更けの澄んだ音色をたたえている。
詞書によれば、夏の夜、深養父が琴を弾くのを聞いて詠んだものである。深養父は琴の名手として知られ、兼輔の邸に出入りした歌人の一人である。次歌は紀貫之が同じ心を詠んだもので、二首は琴の音を主題に並べられている。
作者の藤原兼輔は藤原利基の子で、中納言に至った。賀茂川の堤に邸を構えたことから堤中納言と呼ばれ、紀貫之や凡河内躬恒らを庇護した。紫式部の曽祖父にあたり、三十六歌仙の一人である。
藤原定家の定家八代抄にも採られている。
なお本文の三句は「白妙の」とあり、読み仮名の行の「たかさこの」と一致しない。定家八代抄など一般には「高砂の」とされるが、ここでは本文の表記に従う。
初句「短夜の」は、短い夏の夜の、の意で、夏の季節を示している。
二句「更けゆくままに」は、更けていくにつれて、の意で、夜が深まるほど琴の音が澄んでいくさまを表している。
三句「白妙の」は、白い布の意から白いものにかかる枕詞であるが、ここでは峰にかけて、白く霞む峰を思わせている。
四句「峰の松風」は、峰の松を吹く風で、琴の音のたとえとして置かれている。次歌の第百六十八首は、山の下水が琴の音に流れると、同じ琴の音を水にたとえて応じている。
結句「吹くかとぞ聞く」は、吹いているのかと聞く、の意で、「ぞ」は係助詞、連体形「聞く」と係り結びをなす。
みじかよ:夏の短い夜
まつかぜ:松の梢を吹き渡る風、またその音
- 作者
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藤原兼輔
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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五月雨に春の宮人来る時は 郭公をや鴬にせん
- 次の歌
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葦引の山下水は行き通ひ 琴の音にさへ流るべらなり