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独りゐて物思ふ我を郭公
ここにしも鳴く心あるらし

歌の意味
ひとりで物思いをしている私のことを、ほととぎすよ、ほかでもないここで鳴くとは、情けがあるらしい。
鑑賞
巻第四 夏歌 177

詞書「題しらず」
 ひとりで物思いをしている自分のもとで、ほかでもないここに鳴くほととぎすには、思いやりの心があるらしいと詠んだ歌である。孤独な物思いの中で、ほととぎすの声に慰めを見いだしている。
 作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。

 初句「独りゐて」は、ひとりでいて、の意で、孤独なさまを示す。
 二句「物思ふ我を」は、物思いをしている私を、の意で、本巻の第百七十五首の物思いの歌に通じている。
 三句「郭公」は、物思う自分のもとへ来て鳴く鳥として置かれている。
 四句「ここにしも鳴く」の「しも」は強意の副助詞で、ほかでもないここで鳴く、の意である。
 結句「心あるらし」は、思いやりの心があるらしい、の意で、「らし」は根拠のある推定を表す。ここで鳴くことを根拠に、ほととぎすの心を推し量っている。

こころあり:思いやりがある、情けがある
ものおもふ:物思いにふける、思い悩む
作者
よみ人しらず
出典
後撰和歌集
前の歌
ほととぎす来ては旅とや鳴き渡る 我は別れの惜しき都を
次の歌
玉匣あけつるほどの郭公 ただ二声も鳴きて来しかな