数ならぬわがみ山辺の郭公
木の葉隠れの声は聞こゆや
- 歌の意味
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物の数にも入らない我が身は、深山辺のほととぎすのようなもの。木の葉に隠れて鳴くその声は、あなたに聞こえているだろうか。
- 鑑賞
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巻第四 夏歌 179
詞書「五月ばかりに物言ふ女につかはしける」
物の数にも入らない我が身を、深山の木の葉に隠れて鳴くほととぎすになぞらえ、ひそかな声があなたに届いているかと問いかけた歌である。身分の低さを卑下しながら、ひそかな恋心を伝えている。
詞書によれば、五月ごろ、言葉を交わしていた女に贈ったものである。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「数ならぬ」は、物の数にも入らない、取るに足りない、の意で、自分を卑下している。
二句「わがみ山辺の」の「み」は、「我が身」の「身」と、「み山辺」すなわち深山の辺りの「み」を掛けた掛詞である。我が身から山辺のほととぎすへと言葉が移っている。
三句「郭公」は、深山に住み、姿を見せずに鳴く鳥として、自身をなぞらえている。
四句「木の葉隠れの」は、木の葉に隠れての、の意で、人目を忍ぶひそかな恋を表している。本巻の第百五十九首の「木隠れて」とも通じている。
結句「声は聞こゆや」は、声は聞こえているか、の意で、「や」は疑問を表す。相手に思いが届いているかを問いかけている。
み:「我が身」の「身」と、深山の意の「み山」の「み」を掛ける
かずならず:物の数にも入らない、取るに足りない
このはがくれ:木の葉の陰に隠れること
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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玉匣あけつるほどの郭公 ただ二声も鳴きて来しかな
- 次の歌
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常夏に鳴きても経なん郭公 しげきみ山になに帰るらむ