つれづれとながむる空の郭公
訪ふにつけてぞ音はなかれける
- 歌の意味
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することもなくもの思いにふけって眺めている長雨の空に、ほととぎすが訪れて鳴くにつけても、声をあげて泣けてしまうことだ。
- 鑑賞
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巻第四 夏歌 185
詞書「五月長雨の頃、久しく絶え侍りにける女のもとにまかりたりければ、女」
所在なくもの思いにふけって眺める長雨の空に、ほととぎすが訪れて鳴くにつけ、自分も声をあげて泣けてしまうと詠んだ歌である。久しく訪れのなかった男をほととぎすになぞらえ、訪れを喜ぶよりも、これまでのつらさが込み上げてくる心を表している。
詞書によれば、五月の長雨のころ、久しく通いの絶えていた女のもとに男が訪ねていったところ、女が詠んだものである。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。詞書によれば、作者は久しく通いの途絶えていた女である。
初句「つれづれと」は、所在なく、の意で、訪れを待つ長い日々を表している。
二句「ながむる空の」の「ながむる」は、「長雨」と、もの思いにふける意の「眺むる」を掛けた掛詞である。本巻の第百八十二首の「ながめくらせる」と同じく、五月雨の長雨に物思いを重ねている。
三句「郭公」は、久しぶりに訪れた男をなぞらえている。
四句「訪ふにつけてぞ」は、訪れるにつけても、の意で、「ぞ」は係助詞である。ほととぎすが訪れて鳴くことと、男が訪ねてきたこととを重ねている。
結句「音はなかれける」の「なかれ」は、ほととぎすが「鳴く」意と、自分が「泣く」意を掛けた掛詞で、「れ」は自発の助動詞「る」の連用形である。連体形「ける」が四句の「ぞ」と係り結びをなす。
ながむ:「長雨」と、もの思いにふける意の「眺む」を掛ける
なく:ほととぎすが「鳴く」意と、人が「泣く」意を掛ける
つれづれ:することもなく所在ないさま
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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葦引の山郭公うちはへて 誰かまさると音をのみぞ鳴く
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色変へぬ花橘に郭公 千代をならせる声聞こゆなり