- 歌の意味
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色を変えることのない花橘で、ほととぎすが千年も変わらぬようにと鳴き慣らしている声が聞こえるようだ。
- 鑑賞
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巻第四 夏歌 186
詞書「題しらず」
色を変えることのない花橘に、ほととぎすが千年を慣らすように鳴いている声が聞こえると詠んだ歌である。常緑の橘とほととぎすの取り合わせに、変わらぬ長久を願う祝いの心を込めている。
橘は葉の色を変えない常緑の木として長寿を表すものとされ、ほととぎすとともに初夏の景物として詠まれる。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「色変へぬ」は、色を変えない、の意で、常緑の橘の性質を示している。
二句「花橘に」は、花の咲いた橘に、の意である。本巻の第百八十八首にも花橘が詠まれている。
三句「郭公」は、花橘に来て鳴く鳥として置かれている。橘とほととぎすは初夏の代表的な取り合わせである。
四句「千代をならせる」の「ならせる」は、慣らしている、の意で、千年もの長い年月を鳴き慣らすさまを表す。「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
結句「声聞こゆなり」の「なり」は音による推定で、声が聞こえるようだ、の意である。
はなたちばな:花の咲いた橘、また橘の花
ならす:慣れさせる、繰り返して習わしとする
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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つれづれとながむる空の郭公 訪ふにつけてぞ音はなかれける
- 次の歌
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旅寝して妻恋ひすらし郭公 神なび山にさ夜更けて鳴く