五月雨の続ける年のながめには
物思ひあへる我ぞわびしき
- 歌の意味
-
五月雨が二月も続く年の長雨の中のもの思いには、長雨とともにもの思いをしている私こそ、わびしいことだ。
- 鑑賞
-
巻第四 夏歌 190
詞書「五月二つ侍りけるに、思ふ事侍りて」
閏五月があって五月雨の続く年の長雨の中で、もの思いを重ねる自分こそわびしいと詠んだ歌である。二か月にわたる長雨と、晴れることのない物思いとを重ね合わせている。
詞書によれば、五月が二度ある、すなわち閏五月のある年に、物思いをしていて詠んだものである。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「五月雨の」は、五月雨が、の意で、詞書の五月が二度ある年を受けている。
二句「続ける年の」は、続いている年の、の意で、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。閏五月のために五月雨が二月にわたることを表している。
三句「ながめには」の「ながめ」は、「長雨」と、もの思いにふける意の「眺め」を掛けた掛詞である。本巻の第百八十二首、第百八十五首と同じく、長雨に物思いを重ねている。
四句「物思ひあへる」は、もの思いを共にしている、の意で、長雨とともに物思いを重ねるさまを表している。
結句「我ぞわびしき」は、私こそわびしい、の意で、「ぞ」は係助詞、連体形「わびしき」と係り結びをなす。
ながめ:「長雨」と、もの思いにふける意の「眺め」を掛ける
さつきふたつ:五月が二度あること、閏五月
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
郭公はつかなる音を聞きそめて あらぬもそれとおぼめかれつつ
- 次の歌
-
郭公一声に明くる夏の夜の 暁がたやあふごなるらむ