- 歌の意味
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ほととぎすの一声で明けてしまう夏の夜の、その明け方だけが、逢うことのできる時なのだろうか。
- 鑑賞
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巻第四 夏歌 191
詞書「女にいと忍びて物言ひて帰りて」
ほととぎすの一声で明けてしまう夏の夜の、わずかな明け方だけが逢える時なのだろうかと詠んだ歌である。人目を忍んでほんの短い間しか逢えなかった恋のはかなさを、夏の夜の短さに重ねている。
詞書によれば、女とたいそう人目を忍んで語らい、帰ってから詠んだものである。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「郭公」は、明け方に鳴く鳥として置かれている。本巻の第百九十七首も「郭公」に続けて「暁がた」の「一声」を詠んでおり、同じ語を共有している。
二句「一声に明くる」は、一声鳴くうちに明けてしまう、の意で、夏の夜の短さを誇張している。八音の字余りである。
三句「夏の夜の」は、短い夏の夜の、の意である。
四句「暁がたや」は、明け方が、の意で、「や」は疑問の係助詞である。本巻の第百七十首の「暁がたの別れ」とも通じている。
結句「あふごなるらむ」の「あふご」は逢う機会の意の「逢ふ期」で、「らむ」は連体形で四句の「や」と係り結びをなす。
あふご:逢う機会、逢う時、逢ふ期
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
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五月雨の続ける年のながめには 物思ひあへる我ぞわびしき
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うちはへて音を泣き暮らす空蝉の むなしき恋も我はするかな