うちはへて音を泣き暮らす空蝉の
むなしき恋も我はするかな
- 歌の意味
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一日じゅう長々と声をあげて鳴き暮らす蝉のように、むなしい恋を私はしていることだ。
- 鑑賞
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巻第四 夏歌 192
詞書「題しらず」
一日じゅう声をあげて鳴き暮らす蝉のように、自分もむなしい恋をしていると詠んだ歌である。蝉の抜け殻を表す「空蝉」から「むなしき」を導き、報われない恋に泣き暮らす身を嘆いている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
藤原定家の定家八代抄にも採られている。
初句「うちはへて」は、長く引き続いて、の意で、本巻の第百八十四首の三句と同じ語である。ほととぎすから蝉へと題材が移っている。
二句「音を泣き暮らす」は、声をあげて泣いて日を暮らす、の意で、蝉が鳴くことと人が泣くことを重ねている。
三句「空蝉の」は、蝉またその抜け殻をいい、「むなしき」を導いている。初句から三句までが序詞である。本巻の第百九十五首も「空蝉の」で始まっている。
四句「むなしき恋も」は、報われないむなしい恋も、の意である。
結句「我はするかな」は、私はしていることだ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。
うつせみ:蝉、また蝉の抜け殻、転じてむなしいもの
うちはふ:長く引き続ける、ずっと続ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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郭公一声に明くる夏の夜の 暁がたやあふごなるらむ
- 次の歌
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常もなき夏の草葉に置く露を 命と頼む蝉のはかなさ