今日よりは天の河原はあせななん
そこひともなくただ渡りなん
- 歌の意味
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今日からは、天の川の河原は浅くなってしまってほしい。底というものもないほどになって、ひたすら歩いて渡ってしまおう。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌上 241
詞書は前の歌に続き「七夕を詠める」
今日からは天の川の河原が浅くなってしまってほしい、そうすれば深さもなく、ただ歩いて渡ってしまおうと詠んだ歌である。年に一度の舟の渡りを待たず、いつでも逢いに行けるようにと願う彦星の心を表している。
本巻の第二百三十九首から第二百四十七首までは、詞書「七夕を詠める」のもとに九首の七夕の歌が並び、天の川を隔てた織女と彦星の逢瀬をさまざまな面から詠んでいる。
作者の紀友則は紀有朋の子で、紀貫之の従兄にあたる。古今和歌集の撰者の一人となったが、完成を見ずに没した。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「久方の光のどけき春の日に」の歌が採られている。
初句「今日よりは」は、今日からは、の意で、七夕の日を境として、これからのことを願っている。
二句「天の河原は」は、天の川の河原は、の意である。
三句「あせななん」の「あせ」は、浅くなる意の「あす」の連用形、「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形、「なん」は他に対する願望の終助詞で、浅くなってしまってほしい、の意である。ここで句切れとなる。
四句「そこひともなく」は、底というものもなく、の意で、深さがまったくないことを表す。
結句「ただ渡りなん」の「なん」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」に意志の「む」が付いたもので、ひたすら渡ってしまおう、の意である。三句の「ななん」と結句の「なん」で同音を重ねている。本巻の第二百四十三首は「ただ渡り来ぬ」と、渡ってしまった後のことを詠んでいる。
あす:水が引いて浅くなる
そこひ:底、極み、果て
- 作者
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紀友則
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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天の河岩越す波の立ち居つつ 秋の七日の今日をしぞ待つ
- 次の歌
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天の河流れて恋ふる七夕の 涙なるらし秋の白露