心なき身は草葉にもあらなくに
秋来る風に疑はるらん
- 歌の意味
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私は心のない草葉の身でもないのに、どうして秋の来る風に色を変えるように、心変わりしたと疑われるのだろう。
- 鑑賞
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巻第六 秋歌中 286
詞書「返し」
自分は心のない草葉ではないのに、秋風に色を変える草葉のように、どうして心変わりしたと疑われるのだろうと返した歌である。相手の「萩の下葉の色」を受け、色を変えたのはむしろ相手の方ではないかと、恨みを込めている。
前歌の第二百八十五首と贈答をなす。巻第五の第二百二十四首の在原業平の歌も「草葉ならねば」と、心と草葉を対比させて心変わりを打ち消している。
作者の伊勢は伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵愛を受けて皇子を産み、のちに敦慶親王との間に中務をもうけた。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「心なき」は、情けを解さない、心のない、の意である。
二句「身は草葉にも」は、わが身は草葉でも、の意で、前歌の萩の葉を受けている。
三句「あらなくに」の「なくに」は、ないのに、の意である。本巻の第三百十四首も同じ三句「あらなくに」を置いている。
四句「秋来る風に」は、秋が来て吹く風に、の意で、「秋」には「飽き」の響きがある。前歌の萩の下葉を色づかせる秋風を示している。
結句「疑はるらん」の「る」は受身の助動詞、「らん」は原因を推量する助動詞で、どうして疑われるのだろう、の意である。巻第五の第二百二十三首も結句に「疑はれけり」を置き、秋風に心変わりを疑う心を詠んでいる。
くさば:草の葉
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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白露の上はつれなくおきゐつつ 萩の下葉の色をこそ見れ
- 次の歌
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人はいさ事ぞともなきながめにぞ 我は露けき秋も知らるる