秋の田のかりほの宿のにほふまで
咲ける秋萩見れど飽かぬかも
- 歌の意味
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秋の田の仮小屋が美しく照り映えるほどに咲いている秋萩は、いくら見ても見飽きないことだ。
- 鑑賞
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巻第六 秋歌中 295
詞書「題しらず」
秋の田の番をする仮小屋が照り映えるほどに咲いている秋萩は、いくら見ても見飽きないと詠んだ歌である。粗末な仮小屋をも美しく彩る萩の花の盛りを称えている。
万葉集巻十にも、ほぼ同じ形の歌が作者未詳の歌として見える。本巻の第三百二首の天智天皇の歌も、同じ「秋の田のかりほの」の句で始まっている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「秋の田の」は、秋の実った田の、の意である。本巻の第三百二首も同じ初句で始まっている。
二句「かりほの宿の」の「かりほ」は、田の番をするための仮の小屋「仮庵」と、刈り取った稲の穂「刈穂」を掛けた掛詞である。
三句「にほふまで」の「にほふ」は、色が美しく照り映える、の意で、萩の花の色で仮小屋が照り映えるほどに、の意である。
四句「咲ける秋萩」の「る」は存続の助動詞「り」の連体形で、咲いている秋萩、の意である。本巻ではこのあと、秋萩を詠む歌が続いている。
結句「見れど飽かぬかも」の「かも」は詠嘆の終助詞で、見ても見飽きないことだ、の意である。
かりほ:田の番をする仮の小屋「仮庵」と、刈り取った稲の穂「刈穂」を掛ける
にほふ:色が美しく照り映える
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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暮れ果てば月も待つべし女郎花 雨やめてとは思はざらなん
- 次の歌
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秋の夜をまどろまずのみ明かす身は 夢路とだにぞ頼まざりける