秋の野の草も分けぬをわが袖の
物思ふなへに露けかるらん
- 歌の意味
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秋の野の草を分けて行ったわけでもないのに、どうして私の袖は、物思いをするにつれて露に濡れるのだろう。
- 鑑賞
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巻第六 秋歌中 316
詞書「秋歌とてよめる」
秋の野の草を分けて歩いたわけでもないのに、物思いをするにつれて、どうして袖が露に濡れるのだろうと詠んだ歌である。袖を濡らすのは草の露ではなく物思いの涙であることを、問いの形で示している。
詞書によれば、秋の歌として詠んだものである。本巻の第三百十三首から第三百十六首までは、袖に置く露に涙を重ねる歌が続いている。本歌はその四首目である。巻第五の第二百二十二首も、露を分けて濡れた袂を詠んでいる。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「秋の野の」は、秋の野の、の意である。
二句「草も分けぬを」の「を」は逆接の接続助詞で、草も分けて行かないのに、の意である。
三句「わが袖の」は、私の袖が、の意である。
四句「物思ふなへに」の「なへに」は、それにつれて、の意で、物思いをするにつれて、の意である。
結句「露けかるらん」の「らん」は原因を推量する助動詞で、どうして露に濡れるのだろう、の意である。本巻の第二百七十八首も四句に「露けかるらん」を置いている。
ものおもふ:恋などのためにあれこれと思い悩む
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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朝ごとに置く露袖に受けためて 世の憂き時の涙にぞ借る
- 次の歌
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幾世経て後か忘れん散りぬべき 野辺の秋萩みがく月夜を