幾世経て後か忘れん散りぬべき
野辺の秋萩みがく月夜を
- 歌の意味
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幾代を経た後に忘れるだろうか、いや忘れはしない。散ってしまいそうな野辺の秋萩を、磨くように照らす月夜を。
- 鑑賞
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巻第六 秋歌中 317
詞書は前の歌に続き「秋歌とてよめる」
散ってしまいそうな野辺の秋萩を、磨くように照らし出す月夜を、幾代を経ても忘れはしないと詠んだ歌である。散り際の萩と、それを照らす澄んだ月の光の美しさを称えている。
本巻ではこの歌から、秋の月を詠む歌が続いていく。
作者の「ふかやぶ」は清原深養父である。清原房則の子とされ、内匠允などを務めた。清少納言の曽祖父にあたり、琴の名手としても知られた。小倉百人一首には「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを」の歌が採られている。
初句「幾世経て」は、幾代を経て、の意である。
二句「後か忘れん」の「か」は反語の係助詞で、連体形「ん」と係り結びをなし、後に忘れるだろうか、いや忘れない、の意である。ここで句切れとなる。
三句「散りぬべき」の「ぬべき」は強意と推量で、きっと散ってしまいそうな、の意である。
四句「野辺の秋萩」は、野辺の秋萩、の意で、本巻の第二百九十八首の結句と同じ語である。
結句「みがく月夜を」は、磨くように照らす月夜を、の意で、二句と倒置の関係にある。月の光が萩を磨き出すと見立てている。
みがく:磨いて光らせる、ここでは月の光が照らし出すこと
- 作者
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清原深養父
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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秋の野の草も分けぬをわが袖の 物思ふなへに露けかるらん
- 次の歌
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秋の夜の月の影こそ木の間より 落ち葉衣と身にうつりけれ