- 歌の意味
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消え入るほどに物思いをする秋の衣こそが、涙の川に浮かぶ紅葉であったのだ。
- 鑑賞
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巻第六 秋歌中 332
詞書は前の歌に続き「月を見て」
消え入るほどに物思いをする秋の衣こそ、涙の川に浮かぶ紅葉であったと詠んだ歌である。悲しみの涙で紅に染まった衣を、川を流れる紅葉に見立て、物思いの深さを表している。
本巻の第三百二十七首から第三百三十四首までは、詞書「月を見て」のもとに歌が八首並んでいる。前歌の紅葉に続き、涙に染まる衣を紅葉に見立てている。
作者の「ふかやぶ」は清原深養父である。清原房則の子とされ、内匠允などを務めた。清少納言の曽祖父にあたり、琴の名手としても知られた。小倉百人一首には「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを」の歌が採られている。
初句「消えかへり」は、消え入るほどに、の意で、身も消え入りそうな悲しみを表す。
二句「物思ふ秋の」は、物思いをする秋の、の意である。
三句「衣こそ」の「こそ」は係助詞で、衣こそが、の意を強めている。
四句「涙の河の」は、涙が川のように流れることをいう。悲しみの極まった涙を紅とする考えを踏まえ、紅葉に結びつけている。
結句「紅葉なりけれ」は、紅葉であったのだ、の意で、三句の「こそ」と已然形「けれ」が係り結びをなす。前歌の第三百三十一首の「紅葉葉」を受けている。
きえかへる:消え入るほどに思い悩む
- 作者
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清原深養父
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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秋来れば思ふ心ぞ乱れつつ まづ紅葉葉と散りまさりける
- 次の歌
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吹く風に深きたのみのむなしくは 秋の心を浅しと思はむ