秋霧の立ちし隠せば紅葉葉は
おぼつかなくて散りぬべらなり
- 歌の意味
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秋霧が立ちこめて隠しているので、紅葉は、はっきりと見えないまま散ってしまいそうだ。
- 鑑賞
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巻第七 秋歌下 392
詞書「題しらず」
秋霧が立ちこめて紅葉を隠しているので、紅葉ははっきりと見られないまま散ってしまいそうだと詠んだ歌である。霧にさえぎられて紅葉を見届けられないもどかしさを表している。
前歌が心の中にだけ見える紅葉を詠んだのに続き、本歌も霧にさえぎられて見えない紅葉を詠んでいる。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「秋霧の」は、秋霧が、の意である。
二句「立ちし隠せば」の「し」は強めの副助詞で、立ちこめて隠すので、の意である。
三句「紅葉葉は」は、紅葉した木の葉は、の意である。
四句「おぼつかなくて」は、はっきりしないままで、の意である。
結句「散りぬべらなり」の「べらなり」は推量を表す語で、散ってしまいそうだ、の意である。本巻の第四百六首も同じ結句「散りぬべらなり」で、紅葉の散るさまを詠んでいる。
べらなり:平安時代初期に用いられた推量の語、〜ようだ
おぼつかなし:はっきりしない、ぼんやりしている
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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玉かづら葛城山の紅葉葉は 面影にのみ見えわたるかな
- 次の歌
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鏡山山かきくもりしぐるれど 紅葉あかくぞ秋は見えける