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鏡山山かきくもりしぐるれど
紅葉あかくぞ秋は見えける

歌の意味
鏡山は、山がすっかり曇って時雨が降るけれども、紅葉が赤く明るく、秋ははっきりと見えたことだ。
鑑賞
巻第七 秋歌下 393

詞書「鏡山を越ゆとて」
 鏡山は、山がすっかり曇って時雨が降っているけれども、紅葉は赤く明るく、秋のさまははっきりと見えたと詠んだ歌である。曇っても紅葉の赤さで明るく見える山を、曇っても映す鏡の名に寄せてとらえている。
 詞書によれば、近江の国の鏡山を越えようとして詠んだものである。前歌が霧に隠れて見えない紅葉を詠んだのに対し、本歌は曇りの中でも明るく見える紅葉を詠んでいる。
 作者の「そせいほうし」は素性である。僧正遍昭の子で、出家して雲林院などに住んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「今来むといひしばかりに長月の」の歌が採られている。

 初句「鏡山」は、近江の国の歌枕である。「鏡」の名は、四句の「あかく」や二句の「くもり」と縁語をなしている。
 二句「山かきくもり」の「かきくもる」は、空一面に曇る意で、山がすっかり曇って、の意である。
 三句「しぐるれど」は、時雨が降るけれども、の意である。
 四句「紅葉あかくぞ」の「あかく」は、紅葉の色の「赤く」と、鏡の縁で「明かく」を掛けた掛詞である。「ぞ」は係助詞である。
 結句「秋は見えける」は、秋は見えたことだ、の意で、四句の「ぞ」と連体形「ける」が係り結びをなしている。

あかし:紅葉の色の「赤し」と、鏡の縁で「明かし」を掛ける
かきくもる:空一面に曇る
しぐる:時雨が降る
作者
素性
出典
後撰和歌集
前の歌
秋霧の立ちし隠せば紅葉葉は おぼつかなくて散りぬべらなり
次の歌
数知らず君が齢を延ばへつつ 名立たる宿の露とならなん