紅葉葉の散りくる見れば長月の
有明の月の桂なるらし
- 歌の意味
-
紅葉の葉が散ってくるのを見ると、これは九月の有明の月に生えている桂の葉であるらしい。
- 鑑賞
-
巻第七 秋歌下 401
詞書「月夜に紅葉の散るを見て」
月夜に散ってくる紅葉を見て、これは九月の有明の月に生えている桂の木の葉であるらしいと詠んだ歌である。月の光の中を舞い落ちる紅葉を、月から散ってきたものと見立てている。
詞書によれば、月の夜に紅葉が散るのを見て詠んだものである。月には桂の木が生えているという中国の伝説を踏まえている。古今和歌集の壬生忠岑の歌「久方の月の桂も秋はなほ紅葉すればや照りまさるらむ」も、月の桂の紅葉を詠んでいる。本巻の第三百九十七首からの菊の歌に続き、ふたたび紅葉を詠む歌が始まる。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「紅葉葉の」は、紅葉した木の葉が、の意である。
二句「散りくる見れば」は、散ってくるのを見ると、の意である。
三句「長月の」は、九月の、の意である。
四句「有明の月の」は、夜が明けても空に残っている月の、の意である。本巻の第四百四十一首も同じ「長月の有明の月」を詠んでいる。
結句「桂なるらし」の「桂」は、月に生えていると伝えられる木で、「らし」は根拠のある推定の助動詞である。桂の葉であるらしい、の意である。
かつら:月に生えていると伝えられる伝説の木
ありあけのつき:夜が明けても空に残っている月
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
何に菊色染めかへしにほふらん 花もてはやす君も来なくに
- 次の歌
-
いく千機織ればか秋の山ごとに 風に乱るる鏡なるらむ