うち群れていざ我妹子が鏡山
越えて紅葉の散らん影見む
- 歌の意味
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皆で連れ立って、さあ鏡山を越えて、紅葉の散る姿を見よう。
- 鑑賞
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巻第七 秋歌下 405
詞書「題しらず」
皆で連れ立って、さあ鏡山を越えて、紅葉の散る姿を見に行こうと詠んだ歌である。鏡山の名から「影」を導き、鏡に映るように紅葉の散る姿を見ようと誘っている。
本巻の第三百九十三首と同じく鏡山の紅葉を詠み、鏡の縁語を用いている。前歌の山道を行く趣向を受け、連れ立って山を越える誘いの歌となっている。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「うち群れて」は、皆で連れ立って、の意である。
二句「いざ我妹子が」の「いざ」は誘いかける語で、「我妹子が」は、いとしい妻が手にする鏡の意から「鏡」を導く序となっている。
三句「鏡山」は、近江の国の歌枕で、二句から続いて名の「鏡」を引き出している。
四句「越えて紅葉の」は、越えて紅葉の、の意である。
結句「散らん影見む」の「影」は姿の意で、「鏡」の縁語である。「む」は意志の助動詞で、散る姿を見よう、の意である。
わぎもこ:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
かげ:姿、形、鏡に映る像
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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紅葉葉を分けつつ行けば錦着て 家に帰ると人や見るらん
- 次の歌
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山風の吹きのまにまに紅葉葉は このもかのもに散りぬべらなり