ひぐらしの声もいとなく聞こゆるは
秋夕暮になればなりけり
- 歌の意味
-
ひぐらしの声も絶え間なく聞こえるのは、秋の夕暮になったからであったよ。
- 鑑賞
-
巻第七 秋歌下 420
詞書「題しらず」
ひぐらしの声も絶え間なく聞こえるのは、秋の夕暮になったからであったと詠んだ歌である。夕暮れに鳴きしきるひぐらしの声に、もの寂しい晩秋の夕べの趣を感じ取っている。
紅葉を詠む歌の一連のあとに置かれ、本歌からは晩秋の夕暮れのもの寂しさを詠む歌が続いていく。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「ひぐらしの」は、ひぐらしの、の意で、夕暮れにかなかなと鳴く蝉である。名に「日暮らし」の意が響いている。
二句「声もいとなく」の「いとなし」は、暇がない、絶え間ない、の意で、声も絶え間なく、の意である。
三句「聞こゆるは」は、聞こえるのは、の意である。
四句「秋夕暮に」は、秋の夕暮に、の意で、初句の「ひぐらし」と響き合っている。
結句「なればなりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、なったからであったよ、の意である。
ひぐらし:夕暮れにかなかなと鳴く蝉、名に「日暮らし」の意が響く
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
わたつみの神に手向くる山姫の 幣をぞ人は紅葉と言ひける
- 次の歌
-
風の音の限りと秋や責めつらん 吹きくるごとに声のわびしき