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長月の有明の月はありながら
はかなく秋は過ぎぬべらなり

歌の意味
九月の有明の月はまだ空にあるのに、あっけなく秋は過ぎてしまいそうだ。
鑑賞
巻第七 秋歌下 441

詞書「九月つごもりに」
 九月の有明の月はまだ空に残っているのに、秋はあっけなく過ぎ去ってしまいそうだと詠んだ歌である。空にとどまる有明の月と、とどまらずに去っていく秋を対比させ、秋の終わりを惜しんでいる。
 詞書によれば、九月の晦日に詠んだものである。本巻の第四百一首も「長月の有明の月」を詠んでいる。前歌に続いて、九月の晦日に去りゆく秋を詠む歌である。
 作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。

 初句「長月の」は、九月の、の意である。
 二句「有明の月は」は、夜が明けても空に残っている月は、の意である。
 三句「ありながら」は、まだあるのに、の意で、二句の「有明」と「あり」の音を重ねている。
 四句「はかなく秋は」は、あっけなく秋は、の意である。
 結句「過ぎぬべらなり」の「べらなり」は推量を表す語で、過ぎてしまいそうだ、の意である。

ありあけのつき:夜が明けても空に残っている月
べらなり:平安時代初期に用いられた推量の語、〜ようだ
作者
紀貫之
出典
後撰和歌集
前の歌
宇治山の紅葉を見ずは長月の 過ぎゆくひをも知らずぞあらまし
次の歌
いづ方に夜はなりぬらんおぼつかな 明けぬ限りは秋ぞと思はん