いづ方に夜はなりぬらんおぼつかな
明けぬ限りは秋ぞと思はん
- 歌の意味
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夜はどれほど更けたのだろうか、はっきりしない。夜が明けないうちは、まだ秋だと思おう。
- 鑑賞
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巻第七 秋歌下 442
詞書「同じつごもりに」
夜はどれほど更けたのだろうか、はっきりしないが、夜が明けないうちはまだ秋だと思おうと詠んだ歌である。九月の晦日の夜、明ければ冬となる秋の最後の時を、少しでも長く惜しもうとする心を表している。
詞書によれば、前歌と同じ九月の晦日に詠んだものである。本巻の巻末歌で、秋の終わりを告げて秋歌を締めくくっている。巻頭の第三百五十一首が晩秋の時雨を詠んだのに対し、巻末の本歌は秋の最後の夜を詠み、巻の始めと終わりが呼応している。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、甲斐少目、和泉大掾などを務めた。官位は低かったが、紀貫之と並び称される歌人で、三十六歌仙の一人である。小倉百人一首には「心あてに折らばや折らむ初霜の」の歌が採られている。
初句「いづ方に」は、どちらの方に、の意で、夜がどのくらい更けたかを問うている。
二句「夜はなりぬらん」の「らん」は現在推量の助動詞で、夜はなったのだろうか、の意である。
三句「おぼつかな」は、はっきりしない、の意の形容詞「おぼつかなし」の語幹で、詠嘆を表す。ここで句切れとなる。
四句「明けぬ限りは」は、夜が明けないうちは、の意である。
結句「秋ぞと思はん」の「ん」は意志の助動詞「む」の連体形で、係助詞「ぞ」と係り結びをなし、秋だと思おう、の意である。
つごもり:月の最後の日、晦日
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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長月の有明の月はありながら はかなく秋は過ぎぬべらなり
- 次の歌
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初時雨降れば山べぞ思ほゆる いづれの方かまづもみづらん