神無月限りとや思ふ紅葉葉の
やむ時もなく夜さへに降る
- 歌の意味
-
十月を最後の時と思っているのだろうか。紅葉の葉は、やむ時もなく、夜までも降り続けている。
- 鑑賞
-
巻第八 冬歌 456
詞書「題しらず」
十月を最後の時と思っているのだろうか、紅葉の葉はやむ時もなく夜までも降り続けていると詠んだ歌である。散り急ぐ紅葉を、自らの終わりを知って惜しむもののように見なしている。
本巻の第四百五十一首と同じく初句に「神無月」を置き、木の葉が降りしきるさまを詠んでいる。紅葉を雨のように「降る」ととらえ、時雨の季節にふさわしい趣向となっている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「神無月」は、陰暦十月の異称で、第四百五十一首の初句と同じ語である。
二句「限りとや思ふ」の「や」は疑問の係助詞で、連体形「思ふ」と係り結びをなし、最後と思っているのだろうか、の意である。ここで句切れとなる。
三句「紅葉葉の」は、紅葉した葉が、の意で、主語を示している。
四句「やむ時もなく」は、やむ時もなく、の意で、雨の縁で紅葉の散るさまを表している。
結句「夜さへに降る」の「さへに」は、までも、の意で、夜までも降り続ける、の意である。
もみぢば:紅葉した葉
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
紅葉葉も時雨もつらしまれに来て 帰らん人を降りやとどめぬ
- 次の歌
-
ちはやぶる神垣山の榊葉は 時雨に色も変はらざりけり