人恋ふる心ばかりはそれながら
我は我にもあらぬなりけり
- 歌の意味
-
人を恋い慕う心だけは元のままでありながら、私は私自身でもなくなってしまったのだ。
- 鑑賞
-
巻第九 恋歌一 514
詞書「女につかはしける」
人を恋い慕う心だけはそのままなのに、私は私自身でなくなってしまったと詠んだ歌である。恋に心を奪われ、自分が自分でないように感じる放心のさまを表している。
詞書によれば、女のもとへ送った歌である。我を失うほどの恋の思いを、率直に訴えている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「人恋ふる」は、人を恋い慕う、の意である。本巻の第五百四十六首も初句に「人恋ふる」を置いている。
二句「心ばかりは」の「ばかり」は限定を表し、心だけは、の意である。
三句「それながら」は、元のままでありながら、の意である。
四句「我は我にも」は、私は私自身でも、の意で、「我」を重ねて自分を見失ったさまを強めている。
結句「あらぬなりけり」は、ないのであったよ、の意で、「なりけり」は気づきを表している。
こふ:恋い慕う
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
秋の田のいねてふ事をかけしかば 思ひ出づるがうれしげもなし
- 次の歌
-
思ひ川絶えず流るる水の泡の うたかた人に逢はで消えめや