いつしかとわがまつ山に今はとて
越ゆなる浪に濡るる袖かな
- 歌の意味
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早く来てほしいと私が待っていたのに、その末の松山を、今はもうこれまでと波が越えるように、あの人が心変わりしたと聞いて、涙に濡れる袖であることよ。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 522
詞書「題しらず」
早く逢いたいと待っていた私の松山を、今はもうこれまでと波が越えていくと聞き、涙に袖を濡らしていると詠んだ歌である。相手の心変わりを、末の松山を波が越えることにたとえて嘆いている。
古今和歌集の東歌「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」を踏まえ、決して越えないはずの波が松山を越えるという形で、相手の心変わりを表している。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「いつしかと」は、早く早くと、の意で、待ちわびる気持ちを表している。
二句「わがまつ山に」の「まつ」は、「待つ」と、陸奥の歌枕「末の松山」の「松」を掛けた掛詞である。
三句「今はとて」は、もうこれまでと、の意である。本巻の第五百十首の三句と同じ句である。
四句「越ゆなる浪に」の「なる」は伝聞を表す助動詞「なり」の連体形で、越えるという波に、の意である。
結句「濡るる袖かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、涙に濡れる袖であることよ、の意である。
まつやま:「待つ」意と、陸奥の歌枕「末の松山」の「松」を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
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わがごとく相思ふ人のなき時は 深き心もかひなかりけり
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人ごとはまことなりけり下紐の 解けぬにしるき心と思へば