幾度か生田の浦に立ち帰り
浪に我が身をうち濡らすらん
- 歌の意味
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幾度、生田の浦に立ち帰っては、波にわが身を濡らすのだろうか。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 532
詞書「題しらず」
幾度生田の浦に立ち帰っては、波にわが身を濡らすのだろうか、と詠んだ歌である。寄せては返す波のように、何度も相手のもとを訪れては涙に濡れて帰る恋の苦しさを表している。
詞書は「題しらず」とあるが、次歌に「返し」とあり、二首は贈答の一組として並べられている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「幾度か」は、幾度、の意で、「か」は疑問の係助詞である。
二句「生田の浦に」は、摂津の国の生田の海辺に、の意で、歌枕である。初句の「いくたび」と同じ音を重ねている。
三句「立ち帰り」は、波が寄せては返すように、繰り返し立ち戻って、の意である。次歌の初句と同じ語である。
四句「浪に我が身を」は、波に私の身を、の意で、波は涙を思わせている。
結句「うち濡らすらん」は、濡らすのだろうか、の意で、初句の「か」を受けて連体形「らん」で結ぶ係り結びとなっている。
いくたのうら:摂津の国の生田の海辺、歌枕
たちかへる:繰り返し立ち戻る
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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浅してふことをゆゆしみ山の井は 掘りし濁りに影は見えぬぞ
- 次の歌
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立ち帰り濡れては干ぬる潮なれば 生田の浦のさがとこそ見れ