立ち帰り濡れては干ぬる潮なれば
生田の浦のさがとこそ見れ
- 歌の意味
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寄せては返し、濡れてはまた乾く潮なのだから、それは生田の浦のならいだと見ることだ。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 533
詞書「返し」
寄せては返し、濡れてはまた乾く潮なのだから、それは生田の浦のならいだと見る、と詠んだ歌である。前歌の嘆きを受け、濡れてもすぐに乾くのだから、あなたの涙も本気ではないとかわしている。
前歌への返歌である。前歌の「生田の浦」「立ち帰り」「濡らす」を受けて、「立ち帰り」「濡れては干ぬる」「生田の浦」と返している。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「立ち帰り」は、寄せては返して、の意で、前歌の三句と同じ語である。
二句「濡れては干ぬる」は、濡れてはまた乾く、の意で、前歌の結句「うち濡らす」を受けている。
三句「潮なれば」は、潮なのだから、の意である。
四句「生田の浦の」は、生田の海辺の、の意で、前歌の二句を受けている。
結句「さがとこそ見れ」の「さが」は、性分、ならい、の意で、係助詞「こそ」と已然形「見れ」が係り結びをなしている。
さが:生まれつきの性質、ならい
ひる:乾く
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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幾度か生田の浦に立ち帰り 浪に我が身をうち濡らすらん
- 次の歌
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逢ふことはいとど雲居の大空に 立つ名のみして止みぬばかりか