見る時はことぞともなく見ぬ時は
こと有り顔に恋しきやなぞ
- 歌の意味
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逢っている時はこれということもないのに、逢わない時は、何か特別なことでもあるかのように恋しいのは、どうしてだろう。
- 鑑賞
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巻第九 恋歌一 588
詞書「題しらず」
逢っている時は何ということもないのに、逢わない時は特別なことがあるかのように恋しいのはなぜか、と詠んだ歌である。逢えない時にこそ恋しさが募る心の不思議を、自らに問いかけている。
本巻の第五百八十三首と同じく、恋の道理に合わない心の動きを詠んでいる。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「見る時は」は、逢っている時は、の意である。
二句「ことぞともなく」は、何ということもなく、の意である。
三句「見ぬ時は」は、逢わない時は、の意で、初句と対をなしている。
四句「こと有り顔に」は、何か特別なことでもあるかのように、の意で、二句の「ことぞともなく」と対をなしている。
結句「恋しきやなぞ」は、恋しいのはどうしてか、の意である。
みる:逢う、男女が逢う
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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色深く染めし袂のいとどしく 涙にさへも濃さまさるかな
- 次の歌
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山里の槙の板戸もささざりき 頼めし人を待ちし宵より