かきやらば濁りこそせめ浅き瀬の
水屑は誰かすませても見む
- 歌の意味
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かきやれば、かえって濁りもするだろう。浅い瀬の水屑のようなあなたを、いったい誰が澄ませて、ここに住まわせてみようか。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 671
詞書「返し」
水をかき回せばかえって濁るだろう、浅い瀬の水屑のようなあなたを、誰が澄ませて住まわせようかと切り返す歌である。詞書から、前歌の第六百七十首への返しとわかる。前歌の「かきやる」「すむ」の掛詞をそのまま受け、手紙をよこしても心は濁るばかりで、浅はかな相手を迎え入れる者などいないと、きっぱり退けている。
初句「かきやらば」は、「かきやら」が水を「掻きやら」の意と、手紙を「書きやら」の意を掛ける掛詞で、前歌の第六百七十首の四句「なほかきやらむ」を受けている。
二句「濁りこそせめ」は、濁りもしようが、の意で、係助詞「こそ」を受けて推量の助動詞「む」の已然形「め」で結び、逆接で下に続いている。
三句「浅き瀬の」は、浅い瀬の、の意で、相手の心の浅さを暗示している。
四句「水屑は誰か」は、水屑は誰が、の意で、係助詞「か」は反語を表し、結句の「む」の連体形で結ぶ係り結びである。
結句「すませても見む」は、「すませ」が水を「澄ませ」の意と、男を通わせて「住ませ」の意を掛ける掛詞である。前歌の結句「さてはすむやと」を受けている。
みくづ:水屑。水中のごみ。取るに足りないもののたとえ
すます:水を「澄ます」意と、男を通わせて「住ます」意を掛ける
かきやる:水を「掻きやる」意と、手紙を「書きやる」意を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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我がためはたな井の清水ぬるけれど なほかきやらむさてはすむやと
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人知れぬ心の内を見せたらば 今までつらき人はあらじな