我がためはたな井の清水ぬるけれど
なほかきやらむさてはすむやと
- 歌の意味
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私に対してあなたは、たな井の清水がぬるいように冷ややかだけれど、それでもなお水をかき流すように、手紙を書き送ろう。そうすれば水が澄むように、心を寄せてくれるかと。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 670
詞書「懸想し侍りける女の、さらに返り事し侍らざりければ」
あなたは私にはたな井の清水のようにぬるく冷ややかだが、それでもなお水をかき流すように手紙を書き送ろう、そうすれば澄むかと思って、と詠む歌である。詞書から、藤原実方が思いを寄せていた女が、まったく返事をよこさなかったので贈った歌とわかる。「かきやる」に水を「掻きやる」と手紙を「書きやる」、「すむ」に水が「澄む」と通って「住む」を掛け、冷たい相手も働きかけ続ければ打ち解けるかと期待している。次歌の第六百七十一首がこの歌への返しである。
作者の藤原実方は、藤原定時の子で、叔父の藤原済時の養子となった。左近衛中将を務めたのち陸奥守として下り、任地で没した。中古三十六歌仙の一人で、百人一首の「かくとだに」の歌で知られる。
初句「我がためは」は、私に対しては、の意である。
二句「たな井の清水」は、田の中の井戸の清水と解され、相手をよそえている。
三句「ぬるけれど」は、ぬるいけれど、の意で、「ぬるし」に、熱意がなく冷淡な意を重ねている。
四句「なほかきやらむ」は、「かきやら」が水を「掻きやら」の意と、手紙を「書きやら」の意を掛ける掛詞で、「む」は意志の助動詞である。ここで句切れとなる四句切れの歌である。
結句「さてはすむやと」は、「すむ」が水が「澄む」意と、男が通って「住む」意を掛ける掛詞である。倒置して四句の理由を示している。
たなゐ:田の中にある井戸と解される
かきやる:水を「掻きやる」意と、手紙を「書きやる」意を掛ける
すむ:水が「澄む」意と、男が女のもとに通って「住む」意を掛ける
けさう:懸想。思いをかけること、恋い慕うこと
- 作者
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藤原実方
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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朝な朝なけづれば積もる落ち髪の 乱れて物を思ふころかな
- 次の歌
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かきやらば濁りこそせめ浅き瀬の 水屑は誰かすませても見む