逢ふことのよよを隔つる呉竹の
節の数なき恋もするかな
- 歌の意味
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逢うことが幾世も隔たっている、呉竹の節と節の間のように。その節の数も数えきれないほどの恋をすることだ。
- 鑑賞
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巻第十 恋歌二 673
詞書「題しらず」
逢うことが幾世も隔たる呉竹の、節の数も数えきれないほどの恋をする、と詠んだ歌である。節ごとに隔てられた竹の姿に、遠く隔てられた逢瀬と尽きない恋の思いを重ねている。
本巻の第六百四十六首、第六百七十首と同じく、結句を「恋もするかな」としている。
作者の藤原清正は、藤原兼輔の子で、紀伊守などを務めた。三十六歌仙の一人である。
初句「逢ふことの」は、逢うことが、の意である。
二句「よよを隔つる」の「よよ」は、幾世もの意の「世々」と、竹の節と節の間の意の「節」を掛けた掛詞である。
三句「呉竹の」は、中国から渡ってきたとされる竹で、「節」を導いている。
四句「節の数なき」は、節の数も数えきれない、の意で、「節」は竹の縁語である。
結句「恋もするかな」は、恋をすることだ、の意で、本巻の第六百四十六首、第六百七十首と同じ結句である。
よ:幾世もの意の「世」と、竹の節と節の間の意の「節」を掛ける
くれたけ:中国から渡ってきたとされる竹、淡竹
- 作者
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藤原清正
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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久しくも恋ひわたるかな住の江の 岸に年経る松ならなくに
- 次の歌
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今はてふ心つくばの山見れば 梢よりこそ色変はりけれ