- 歌の意味
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葦の間から見える長柄の橋の橋柱は、昔の跡を知るしるべであったのだ。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 468
詞書「天暦の御時の御屏風の絵に、長柄の橋柱のわづかに残れる形ありけるを」
葦の間から見える長柄の橋の橋柱は、昔の跡を知る手がかりであったと詠む歌である。詞書から、村上天皇の御代の屏風に、長柄の橋の柱がわずかに残っている絵があり、それに添えた歌とわかる。朽ちて柱だけが残る古い橋に、過ぎ去った昔をしのぶよすがを見いだしている。本巻の第四百六十一首の河原院の古松と同じく、昔の名残をとどめるものを詠んでいる。
作者の「藤原きよただ」は藤原清正である。堤中納言藤原兼輔の子で、紀伊守などを務めた。三十六歌仙に数えられる。
長柄の橋は摂津国の淀川にかかっていた橋で、古今和歌集の仮名序にも朽ちたものの例として名が見え、古びたものの象徴とされた。
なお本文の結句は「しろへなりけり」とあり、読み仮名の行の「しるへなりけり」と一致しない。ここでは本文の表記に従うが、「しろへ」は「しるへ」の誤写とみられ、訳と解説は「しるべ」の意で解する。
初句「葦間より」は、葦の間から、の意である。
二句「見ゆる長柄の」は、見える長柄の、の意で、長柄は摂津国の地名である。
三句「橋柱」は、橋の柱、の意で、ここで句切れとなる。橋が朽ちて柱だけが残っている様子をいう。
四句「昔の跡の」は、昔の名残の、の意である。
結句「しろべなりけり」は、手がかりであったのだ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。
はしばしら:橋脚
しるべ:道しるべ。手がかり
ながらのはし:摂津国の淀川にかかっていた橋
- 作者
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藤原清正
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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朝ぼらけひぐらしの声聞こゆなり こや明け暮れと人の言ふらん
- 次の歌
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今日までと見るに涙のますかがみ 馴れにし影を人に語るな