逢坂の木の下露に濡れしより
我が衣手は今もかわかず
- 歌の意味
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逢坂の木の下の露に濡れたあの時から、私の袖は今もずっと乾くことがない。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌三 723
詞書「からうして逢へりける女に、つつむこと侍りて又え逢はず侍りければ、つかはしける」
逢坂の木の下露に濡れてから、私の袖は今も乾かない、と詠んだ歌である。ようやく逢えた夜を逢坂の露に濡れたことにたとえ、その後逢えない嘆きの涙で袖が乾くことがないと訴えている。
詞書によれば、やっとのことで逢えた女に、はばかることがあって再び逢えなかったので送った歌である。
作者の藤原兼輔は、藤原利基の子で、中納言を務めた。賀茂川の堤に邸があったことから堤中納言と呼ばれ、紫式部の曾祖父にあたる。小倉百人一首には「みかの原わきて流るるいづみ川」の歌が採られている。
初句「逢坂の」の逢坂は、山城の国と近江の国の境にある歌枕で、「逢ふ」の意を響かせ、ようやく逢えたことを表している。本巻の巻頭歌の第七百首にも逢坂山が詠まれている。
二句「木の下露に」は、木の下に置く露に、の意である。
三句「濡れしより」は、濡れた時から、の意で、逢った夜を露に濡れたことにたとえている。
四句「我が衣手は」は、私の袖は、の意である。
結句「今もかわかず」は、今も乾かない、の意で、逢えない嘆きの涙で濡れ続けていることをいう。
このしたつゆ:木の下に置く露、また木から滴る露
ころもで:袖
- 作者
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藤原兼輔
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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恋しきも思ひこめつつあるものを 人に知らるる涙何なり
- 次の歌
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君を思ふ心を人にこゆるぎの 磯の玉藻や今も刈らまし