人知れぬ身は急げども年を経て
など越えがたき逢坂の関
- 歌の意味
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人知れず恋い慕う私は気が急いているのに、年月を経ても、どうして越えがたいのだろう、逢坂の関は。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌三 731
詞書「女のもとにつかはしける」
人知れず思う私は急いでいるのに、年を経てもどうして逢坂の関は越えがたいのか、と詠んだ歌である。長い年月思い続けながらまだ逢えない嘆きを、越えられない関にたとえて訴えている。
詞書によれば、女のもとへ送った歌である。次歌の第七百三十二首はこれに対する返しで、二首とも結句を「逢坂の関」としている。
作者の「これまさの朝臣」は藤原伊尹である。右大臣藤原師輔の長男で、摂政太政大臣にまで昇った。後撰和歌集の撰集にあたった和歌所の別当を務め、小倉百人一首には「あはれとも言ふべき人は思ほえで」の歌が採られている。
初句「人知れぬ」は、人に知られない、の意で、ひそかな恋をいう。
二句「身は急げども」は、私は急いでいるけれども、の意である。
三句「年を経て」は、年月を経ても、の意である。
四句「など越えがたき」は、どうして越えにくいのか、の意で、「など」を受けて連体形で結んでいる。
結句「逢坂の関」は、山城の国と近江の国の境にあった関で、「逢ふ」の意を響かせ、逢うことのかなわない隔てをたとえている。体言止めで、四句と倒置の関係にある。次歌の第七百三十二首の結句も「逢坂の関」で、同じ結句を共有している。
あふさかのせき:山城の国と近江の国の境にあった関所
- 作者
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藤原伊尹
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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別れつるほども経なくに白波の 立ち帰りても見まくほしきか
- 次の歌
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東路に行きかふ人にあらぬ身は いつかは越えむ逢坂の関